仮面ライダーゼロワンの諸問題とチェーホフのアタッシュショットガン

日常

いやー……ゼロワン、終わりましたね!!
みなさんお疲れ様でした!!

最終話まとめ
・アークワンと化した或人は自力では悪意から逃れられなかったので、アークスコーピオンと化した滅にぶっ飛ばして貰うことでアークワンから逃れた
・実はゼアは生きてたし或人は普通にアクセスできたし其雄もイズもゼア空間(?)内には作れた
・心があるなら悪意は乗り越えられる
・ヒューマギアはこれからもっと事業拡大します
・新しいイズ作っちゃいました!! これから色々仕込みます!!

うーん……
個人的な感想言っていい?

……こぢんまりと纏まっちゃったね……
全く新しい結末的なこと製作陣言ってなかった? 全然新しくなくない? ねえ?

……少し前に出した記事ではゼロワンの展開を誉めちぎったが、しかしまあ、うん、分かっていた。あくまでゼロワンは子供向け番組ですしね、突き抜けたバッドエンドとか無理なことは分かってましたよ。うん。
ただ、無難な終わりにしてしまったから、中盤のマイナスを相殺することが出来ず、全体的にマイナスな印象の作品になってしまったなー、と。
うん。自分の感想ね。

仮面ライダーゼロワンにおける整合性とパーフェクトコンクルージョン
ゼロワンが!!ここにきて!!おもしろい!!信じていたぞゆうや!! お前ならやってくれると!! いやホントにとんでもないことしてくれたな!?4月頃、ゼロワンの内容をボロクソにぶっ叩く記事を書いた。いやそこまででもないかもしれないが...

折角今度はポジティブな感想の意見で記事を書けて、それが伸びてきていたのだが、こうなってしまうとちょっとまた記事を書きたくなってしまう。
というわけで今回はもう普通に感想と振り返り記事である。

ヒューマギア何だったんだよ問題

とりあえず真っ先に目につく問題というか、一番気になる部分はやはりヒューマギア回りであろう。
AI監修とは何だったのか、ヒューマギア関連の描写はガータガタガタガタキリバ。結局こいつらは商品なのか人格認められた存在なのか何なのか。

まず基本的な設定をおさらいしよう。

人工知能搭載人形ロボット、ヒューマギアは飛電インテリジェンスの商品である。人手不足が嘆かれる医療や介護の現場への派遣を目的として開発されたヒューマギアは各地に普及し、今は無くてはならない存在となっている。が、彼らは各々のお仕事を通じて人と関わり、ラーニングを重ねることで、自己の人格を獲得するシンギュラリティという現象を起こすことがある。

これが序盤にまず置かれた設定である。
これに加えて、ヒューマギアは飛電インテリジェンスの一存で強制停止可能とか、ヒューマギア自治都市構想が一時期立ち上がっていたとか、ヒューマギアは別にいなくても問題なく社会は回ったとか、ヒューマギアの権利は飛電或人個人にあったとか、まあ色々設定がポンポン生えてきた。

で、それと同時に沢山の問題も提示された。

提示された問題
・壊されたヒューマギアは復元すれば元通り?(全体を通して)
・ヒューマギアの自我をどう扱う?(序盤)
・ヒューマギアへの対価どうするの?(劇場版)
・ヒューマギアと人は結婚できる?(風都の女)
・ヒューマギアが自発的に悪意に目覚めたらどうするの?(チェケラ&滅)
・ヒューマギアの世界はどうなる?(劇場版&ヒューマギア自治都市構想)
・ヒューマギアには自我はあってもそれを押さえる理性はないよ?(1000%)
・ヒューマギアが人間と同じならそれヒューマギア使う意味ある?(通りすがりのチラシ燃やすマン)
・ヒューマギアは製造目的と同じ夢を持つべき?(滅)
・ヒューマギアがデモを起こしたらどうする?(終盤)
・心を持ったヒューマギアに人権はあるか?(終盤)

多分幾つか漏れもあるだろうが、印象に残ったものは粗方こんなものではないだろうか。
……多すぎない?
大分とっちらかっている。現実世界でも答えが出ていない問題をこんなに取り上げてしまって、たかだか毎週30分×45話の22時間程度で何とかなると思っていたのだろうか。

いや、きっとそうとすら思ってはいなかったのだろう。ゼロワンは問題を挙げるだけ挙げて、逃げていたことも多い。
例えば、『ヒューマギアが人間と同じならヒューマギアに意味はあるのか』という問題だ。
これは「人間と同じようにラーニングさせていけばヒューマギアはいいパートナーになるんです!!」と熱弁する或人に投げ掛けられた疑問である。意見としてはもっともだ。そもそも開発経緯からして楽な労働力であるヒューマギア。それの扱いを人間と同じようにしなければならないのなら、ヒューマギアを労働力にするメリットはあるのか? と。
もっともだ。至極もっともだ。
だが、これの答えは、ゼロワン作中では提示されていない。というかこの話題が出たのもこれっきりだ。そもそもこの話の中において、この至極当然の意見は明確に『悪いもの』として扱われているのだから。

そう、この意見は『わざわざ或人の配っていたヒューマギア推進チラシをライターで燃やす人相の悪い感じの男』から出されたものなのである。

……卑怯!!

卑怯である。問題の出し逃げだ。ゼロワンはこのパターンが非常に多い。主人公と敵対する意見はわざと露悪的に描写し、まるでその意見自体が悪であるかのように取り扱うのである。
『ヒューマギアの意味』という問題自体に悪はない。しかし、まるで悪であるかのように描写することで、問題を出しながら同時に『これは悪い意見だからテレビの前の皆は気にしなくていいよ!!』とばかりに話をぶったぎるのだ。
お前達のやり口って、醜くないか?

チェーホフのアタッシュショットガン

チェーホフの銃』というテクニックがある。
これは『ストーリー序盤で提示した要素について、後半にその意味を明らかにする』という手法であり、物書きの技の一つだ。
ロシアの劇作家アントン・チェーホフに由来するこの概念は、ひっくり返せば『後半で使用する重要な概念については序盤で触れておけ』ということでもある。

推理小説で、事件の犯人がそれまで影も形も見えなかった新参者だったら読者は困るだろう、という話だ。

物語の終盤で壁にかけてあるショットガンが使われるのならば、物語の最初のうちにそのショットガンが壁にかけてあることを明示しておく。そして物語についぞ関係のない斧が壁にかけてあったとしても、それは描写する必要はない。
チェーホフの銃とは、そういう話である。結局使わない要素なら、最初から出すべきではないのだ。

で。

ゼロワンの物語にこのチェーホフの銃の照準を向けてみると、何とまあ無駄に取り上げられた問題の多いことか。ヒューマギア周りだけではない。とにかく問題を見せては捨てていっているのだ。
まあライダーは瞬瞬必生だから、後で拾おうとした伏線が路線変更により拾えなくなるというのとはあり得る。ゴーストなんかがその例だ。だがゼロワンはそれらとは違う。

それこそ先に取り上げた『ヒューマギアの意味』問題なんて、撃ち落とされるべき最たる物だ。問題を出すのと同時に排除しているのだから。最初から使う気がないなら出すんじゃない。

という訳で、上の問題リストから終盤まで語られた問題のみをピックアップしてみよう。

提示された問題(ろ過済み)
・壊されたヒューマギアは復元すれば元通り?(全体を通して)
・ヒューマギアには自我はあってもそれを押さえる理性はないよ?(1000%)
・ヒューマギアは製造目的と同じ夢を持つべき?(滅)
・心を持ったヒューマギアに人権はあるか?(終盤)

はい。こんなもんでしょう。
ゼロワンが真面目に論じ続け、答えを出した問題はこれだけだ。……ゼロワンでは最初から、これらの論議だけをするべきだったのだ。下手に対価とか結婚とか口に出してはいけなかった。物語をすっきりと纏めるためには。

……悪意、悪意って言ってたはずなのに、悪意関連の問題が抜け落ちちゃいましたね。
だってチェケラについては問題にならなかったし、滅だって『心があるなら悪意は乗り越えられる!!』って話になって、悪意自体じゃなくて悪意を乗り越えることに焦点が当たってたし……
……逆に、1000%の提示したヒューマギア理性なし問題については落とし所が綺麗についた。心を獲得し、人の痛みを知る。そして悪意を乗り越える。それこそが、自我を制御する理性の源であるからだ。

では、残り3つの問題はどうなのか。
『壊されたヒューマギアは復元すれば元通りなのか』『ヒューマギアは製造目的と同じ夢を持つべきなのか』『心を持つヒューマギアに人権はあるのか』
この3つの問題について、ゼロワンの物語が出した答えの象徴のような存在がいる。
イズ2号だ。最初からイズになることを製造目的として作られた、イズになるしかないヒューマギア。彼女を通して上の3つを見てみると、ゼロワンの出した答えが見えてくる。

壊されたヒューマギアは、復元すれば元通りである。それまでに培われたデータは失われるが、新しくラーニングさせればいいのである。
ヒューマギアは製造目的と同じ夢を持つべきである。滅亡迅雷だってデモを行っていたヒューマギア達だって結局元の定められていた職業に戻った。そしてイズになれと命じられたイズ2号の存在についても、誰も何も文句は言わない。違和感すら覚えない。
この2つから考えて、結局ヒューマギアに人と同等の権利はない。物語内では権利を得たように見えているが本質的には認めていない。ヒューマギアには職業選択の自由も、正当な教育を受ける権利もないのである。

これらは歪んでいるように見えるが、ゼロワン世界の論理では正しいのである。何故ならヒューマギアは、ラーニングの後に自我が芽生えるのだから。
最初から自我を持っている人間の子供に『お前は医者になりなさい、それ以外は認めない』とラーニングさせるのは人権侵害だが、最初から起動したてのヒューマギアに『お前は医者ヒューマギアドクター・オミゴトだ。それ以外は認めない』とラーニングさせても問題ない。ヒューマギアには最初から自我があるわけではなく、医者ロボットとして経験を積む中で、医者としての自我が生えてくるのだから。

そう考えると、ヒューマギアに権利など与えようがない。
どの段階で自我が芽生えるかわからないものに普遍的に権利を与えるなら、最初から全てのヒューマギアに権利を認めておくしかない。しかしそれでは理性も自我もないロボット……ただの飛電インテリジェンスの商品に権利を認めることになる。それではただの一会社が強くなりすぎる。
ヒューマギアは結局、権利なき人形なのである。

……と、まあ、半ば私怨混じりの自論を展開した。大分疲れた。
正直めんどくさくなってきて読み飛ばした人のために二行で纏めよう。

ゼロワンは問題を出すだけ出して回収する気がなかった
後々回収する気がない問題は出さない方がいい

後半のヒューマギアの権利云々の下りは全カットだ。筆が滑ってしまった。

……このように、ヒューマギア周り一つ取ってもゼロワンは本当にとっちらかっている。当然散らかっているのはヒューマギア周りだけではなく、天津垓とか、民衆とか、滅亡迅雷とか、色んなところがそれぞれで滅茶苦茶なのである。
で、更に問題なのが、散々とっちらかしてマイナス印象ばかり稼いでおきながら、結局無難な所に着地してしまったということだ。

風呂敷の切れ端で線香花火

広げた風呂敷で打ち上げ花火』……これは仮面ライダージオウを称賛し、また揶揄する言葉の一つである。
20周年記念のクロスオーバー作品である仮面ライダージオウは、色々な方向に手を伸ばしまくり、最終的に『これまで色々とっ散らかったけど俺達も瞬間瞬間を必死に生きてるんだからそれが当たり前なんだ!!』とぶちまけるドラッグ映画を送り出して多いに特オタ達の感動を巻き起こした。

そう、ジオウも回収しない伏線擬きとか、視聴者の期待を裏切る展開も確かにあったのである。ウィザード回でビーストウォッチ持ち帰った仁藤本当に何だったの?
だがジオウは許された。とりあえず全体の雰囲気として許されていた。それはジオウが記念作品としての立場だけでなく、それ自体を一つの物語として完成度の高いものにし、キャラクター達の友情やラストのカタルシス、そして映画の感動を確かに視聴者に届けられたからだ。

広げた風呂敷で打ち上げ花火。それは、『色々あったけど何だかんだ良かったよ』と言わせる満足感があったということである。

だがゼロワンはそこには至れなかった。
何となく無難な所に着地してしまったために、打ち上げ花火は不発に終わってしまったのだ。
もちろんわざわざ打ち上げ花火を上げずとも、面白い物語は面白い。だがゼロワンの場合は、元々面白くなかった物語がラストで一気に面白くなりかけて、結局面白くもない無難な所に落ち着いたという形なのだ。
広げた風呂敷を、打ち上げられなかった。そう言わざるを得ないのではないだろうか。

ぼくのかんがえたさいきょうのてんかい

一応自分なりに、ちゃんと風呂敷を打ち上げる方法を考えてみようと思う。

まず、或人最後までアークワンルート。
思うに、アークワンになった瞬間がゼロワンの最大瞬間風速だと言って問題はないはずだ。その時の悪意まみれの或人こそ、最も魅力的な或人だった。だからこそ、最後の最後にお父さんで浄化、とされるとどうしても日和ったな、と思ってしまうわけで。

じゃあ最後までアークワンでいさせようと。
別に人類まで敵に回さずとも、旅をしながら悪意に目覚めたヒューマギアだけ破壊していく処刑人化とか、人類とヒューマギア両方の敵になってお前らの敵はただ一人、俺だ!! するとか、そういうのなら、確かに今までにない結末だったろうし、十分打ち上げ花火になったのではないだろうか。

他には、ヒューマギア一旦封印ルートもある。

流石にここまでやらかしまくったヒューマギアがお咎め無しで許されているという構図は意味不明である。妥当と判断される落としどころは、やはりシャットダウン、あるいはシンギュラリティに達しうる知能のデチューンではないだろうか。
ヒューマギアは既になくてはならないものという描写も、別になくても困らないという描写もある以上、ここは後者を採用しよう。

アークを倒し、ヒューマギア達と向き合い。そして自分達が産み出してしまった新人類に対して、人類はまだ向き合うに値しないと思い至る。
そして人類がヒューマギアと本当に向き合えるようになるまで、待っていてくれないかと提案するのだ。
これなら十分妥当だし、切なさと納得感もあるし、綺麗でしんみりとした終わりになるのではないだろうか。

もろドライブの終わり方と被るけど。

まとめ

無駄に色々と問題を取り上げて物語をとっ散らかしておきながら、ただ無難な所に物語を落ち着けてしまったら、そこに残るのは結局散らかった汚い物語である。手に負えない問題をチラ見せしては捨てるのなら、最初から提示しない方が良かった。
また、最後に一発逆転の一手を打ったのはいいが、それを生かしきれなかったのが残念なところである。

……まあ、個人的には、全体的に残念な感じで終わっちゃったな、と思うゼロワンであるが。しかしこうしてぶつくさ言いながら追いかけるのはそれはそれで楽しかった。
ゼロワン関連の記事も馬鹿みたいに伸びたしね。
まあ物語のイデアは当然面白いことなのだが、たまにはこういう楽しみ方が出来るものがあってもいい。

来週から始まるのは仮面ライダーセイバー。脚本は、ゴーストの人である。
先にも述べたように、ゴーストは路線変更の煽りを受けやりたいことがやれなかった作品である。今度こそ、テレビでやりたいことが出来て欲しいなと、切に願う。
セイバーの記事書いたら伸びるかな……

余談

皆!! 仮面ライダーシティウォーズやってる!?

現在バルカンのイベント開催中!! なんと10連ガシャ3回回すと確定でバルカンの星5必殺技が手に入る!!
それも何と、ゼロワン劇中でも印象には残ってるけどいつ出たかよく思い出せない、シューテングカバンストラッシュ!! よくこれをチョイスしたな!?

そしてこのシューテングカバンストラッシュ、やたらと技がカッコいい。スピーディーで隙がなく、しかも見ていて楽しい素敵な仕上がりである。
自分も30連回して、確定で貰えるやつと偶然出て来てくれたやつの二枚を使っているけれど超快適。最近何故か70万ポイントほど上がった覚醒までのハードルも何とかなりそうである。

皆!! シティウォーズではバルカンを使おう!! 楽しいぞ!!

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