執筆日誌『整合性って何だよ』編

ビジュアルノベル制作

この一週間、毎日記事を上げている。というのも毎週のノルマが消滅して楽になったからなのだが。あいかわらず閲覧数はとんと伸びないが……それでも明らかに毎週ビジュアルノベル書いてた頃よりも筆が踊っているのがわかるのが、我ながらもどかしいところである。
……やはりアレだろうか。何かしらの締め切りに追いかけられながらだと気力というのは薄れるものなのだろうか。にしてはテスト期間とかは筆が進むんだよな……

さて、今回は『シナリオライター(準備中)クイサレの執筆日誌』第二回、『整合性って何だよ』編である。

整合性。物事や言動に矛盾がなく、整っているという意味の言葉だ。
少なくとも自分はこの頃、この整合性という概念が、鬱陶しくて仕方ない。何だコイツ、創作する度に足引っ張ってきやがって。お前は何だ、靴の裏に引っ付いたガムか何かの親戚か。
……いや、まあ、自分も常識はあるので、整合性が全くない文章が基本読むに値しないことは理解している。とはいえ、だ。そう考えるのにも事情があるのである。

事情、なんて仰々しく言いはしても、この前まで書いていたビジュアルノベルでは毎週のように整合性について揉めていた、というだけなのだが。

当ブログは、『一応理系男子』という名前である。これは初期メンバーが全員理系だったことに由来している。……多分。今適当に言った。ただどちらにせよ、完全に文系である自分は割と最近入ってきた客員ライターだ。
で、ビジュアルノベル製作に関わってる連中もまた、当然理系ばかりである。……ばかり、というには面子が全体的に少ないのでなんとも言いがたいが。
ただまあ、理系マインドを持った連中であることは確かだった。そしてその理系マインドが、自分の音楽性と食い違う。

理系マインドの徒、プログラマーの88IO曰く。
世界観の土台を描写しない本作品で、読者は現実世界を基盤にして解釈するだろう。そして発言の幼さが目につく。僕らは学生だが、社会人が読んだらどう感じるだろうか。
異世界物が流行ったことが理解できた。現実を基盤にした物語は整合性が取れていないと違和感が目につくのだ。

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……つまり、『現実世界を基準とした場合こいつらの言動に整合性がなくね?』というのが彼にとっての問題らしい。自分はそう解釈した。
彼から求められていることは、『社会人らしい落ち着き』『会社らしい合理性』。そういうことであるはずだ。違ったら後で教えてもらおう。

だが。
もしこんな意見が、自分一人で作っているストーリーに挟まれてきたならば。自分は迷わずポイしたことだろう。うるせぇ。
というのも、自分は今まで整合性なんか気にしては来なかったからである。

整合性については、『仮面ライダーゼロワンの整合性とパーフェクトコンクルージョン』にても話している。(本当はこの記事の中でゼロワンの話もするつもりだったのだが、ゼロワン部分が異様に伸びたので切り離した)
ここにおいて自分は、『整合性は必ずしも物語に必要なものではない』という理論を展開した。そんなもんなくとも、面白いものは面白いのだ。
そして面白ければ、誰も整合性のことなど気にしない。

仮面ライダーゼロワンにおける整合性とパーフェクトコンクルージョン
ゼロワンが!!ここにきて!!おもしろい!!信じていたぞゆうや!! お前ならやってくれると!! いやホントにとんでもないことしてくれたな!?4月頃、ゼロワンの内容をボロクソにぶっ叩く記事を書いた。いやそこまででもないかもしれないが...

整合性なんかクソである。そんなもんに気を使うより派手で刺激的でケレン味溢れる展開にする方がよっぽど楽しい。ウケもいい。
パワーバランスが崩れてる? うるせぇ、愛の力か意思の力かそんな感じの何かだ!! 態度がおかしい? そういう性格なんだよ!! 宇宙で音は鳴らないだぁ? 俺の宇宙では鳴るんだよ!! その方が楽しいだろ!!

現実的にして面白くなるなら現実的にすればいい。地味になるなら無視してしまえばいい。書きたいものと食い違う意見なんて無視すればいい。気が向いたらこっそり意見を採用して伏線だったことにしてしまってもかまわない。面白さが全てだ。

社会人らしさ、会社らしさについても同じことが言える。
そもそもいわゆる『一般的な会社』とは何か? そんなものが存在するのか? 最近流行りの『漫画家は自分の見たものしか書けない論』ではないが、人の抱く『普通の会社』だって、自分の見てきた会社っぽいものの平均値でしかない。さらにいうならその殆どは、ドラマや小説が作り出した『架空の会社』である。自分達大学生は現実の会社を一つも知らないし、大抵の社会人にとっても精々知っているのは一社か二社だ。
そんな中で、わざわざ『一般的な会社』を気にする必要があるだろうか? ましてやわかりもしない『一般的な社会人の視点』を意識する必要があるのだろうか? ……ない!! 自分ならそう断言する。
そんなもの気にせずとも、『ここはそういう世界だ』という描写を積み重ね、『そういうものだ』という説得力を文章に持たせれば、現実に即していなくとも、読者は『そういうものか』と理解してくれる。ノリで作った描写溢れるオリジナル企業が『整合性のとれた会社描写』に進化するのだ。

異世界ものだから、現実に即した整合性を取る必要がないのではない。面白ければ整合性などいらないし、描写を積み重ねれば整合性は勝手に生えてくるのだ!!

……と。一通りゲロってスッキリしたが。
こうやって言えてしまうのは一人で作っているときである。一人でものを書いているならばこそ、自分の文才頼りの世界で戦う自由と責任も一人で背負えるのだ。
が、今回は共同製作である。自分の意見を全部押し付けるわけにはいかないのである。向こうがグロッキーになりつつこちらに譲歩の姿勢を見せてくれたように、こちらも向こうに歩み寄らなければなるまい。

というわけで、社会人らしさ、会社らしさを考えてみるわけだが。さて、結局これはどうすればそれっぽくなるものなのやら。

前提として、完璧に『社会人らしさ』を書き出すことは不可能だ。だって知らないんだから。知らない上で、それっぽく作る必要がある。地球にいながらにして宇宙戦争の話を書くのと同じようなものだ。だから、自分は大学生でありながらリアルな社会人っぽさをオリジナルで精製する必要がある。
……とりあえず全員敬語にすれば社会人になるのか? 金銭感覚には敏感にするべきか、それとも緩くするのか? 口調はどうしよう、全員丁寧だと話として味気なくなるが、あまり強いと若々しく思われてしまうだろう。いや、口調でキャラクターを断定する方針はそもそも近年の風潮に合わない……

まあ幸い、考える時間はある。どちらにせよ話は練り直すのだから。
社会人的な整合性についての答えも、多分話し合えば定義されると信じたい。

指が疲れたし今回はここまで。
次回は『ビジュアルノベルの文法』についての話。

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