『名作』『傑作』に代替する『神作』という表現

日常

小説や映画、またゲームにおいても「〇〇、傑作だったよ」といった感想を目にする。

創作物全般に当てはまることだ。評価表現として『名作(名書/名曲)』『傑作』が用いられることがある。

しかし、『名作』とは「すぐれた作品, 名高い作品」を指す言葉で『傑作』もほぼ同義。これらを個人の評価基準で用いてもよいのだろうか。

何をもって「名高い」のか。これを主観で定義してもよいのだろうか。些か傲慢過ぎやしないか。

たびたび「主語がデカイ」ことが原因で問題に発展するケースがある。ある人が「私たち・・・〇〇は□□だ」と発言すると、〇〇に含まれ□□に同意しない人の反発にあったり。口に出さずとも不満に思う人は少なからずいると考えられる。

話を戻すが『名作』『傑作』という表現は対立を生むきっかけになりえるのではないか、という問題。流石に自分の価値基準を相手に決められたくはないだろう。

もちろん思想は自由であるが、意図して対立を生もうとまでは思うだろうか。あくまで「感想」である。

筆者の解釈として『名作』は「名が残った作品」である。そもそも作品に触れた人が各自の評価基準で定義できるものでもなく、漠然と未来の人が決めるものだ。「誰が言った」という要素を排除しても尚残り続ける作品、それこそが『名作』であると思っている。

また、今現在に名が残るから『名作』だ。時代をはじめとした環境要因と創作物の評価は密接に関係している。過去に『傑作』と呼ばれた作品も現在の人々が同じ評価をするとは限らない。逆もまた然り。

そこで『神作(神曲/神ゲー)』といった表現を提示したい。

宗教的な主観評価であることを明示する表現。彼が「神はいる」と言えば、彼には「いる」のだ。その信仰は彼個人が持っているもので、そのコミュニティに自分も属しているというニュアンスはない。対立は回避できる。誰もが自分の神を信仰すればよい。信仰は自由だ。

『名作・傑作』でなく『神作』と言おう。

以上。

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