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【妄想】塩と砂糖を何故間違えるのか

日常

以前テレビで紹介されていた卵かけご飯を作ってみた。

結果失敗した。

卵を上手く割れなかったわけではない。今回は。

そう、塩と砂糖を間違えた。

振り返って思う。塩と砂糖は違う。当然だ。しかし間違える。

知識がない訳ではない。ここには「名称」「定義」「実体」の3要素が絡んでくると考える。

「名称」と「定義」は連想配列のように1対1の対応付がなされており、視覚/嗅覚/触覚から得た「実体」の五感情報と「定義」を照合、そのうえで「名称」との紐付けを行っている。

つまり、定義と五感情報が不適でなければ間違えることはない。では如何にして間違えるのか。

これは「定義」の混同が根底にあると考察する。

五感情報は正しく取得できることを前提として、視覚情報(第一情報の例)と定義から名称A, 名称Bが挙げられたとき、どちらであるか判別するために他の定義を取り出す。この際、定義Aと定義Bを混同し、『名称Aー定義B』『名称Bー定義A 』と紐付けるバグが生まれた結果として間違いが起こる。

「ここには〇〇が置いてある」といった認知による間違いはこれに限らないが、二者択一といった場面での間違いはこれに起因すると判断した。

今回、筆者は「←砂糖の粒は食塩より小さい」という定義を混同し、触覚情報から食塩を砂糖であると解釈してしまった。

レタスとキャベツも同様に、「レタス?を見る」「レタスの類似した定義を持つキャベツが思い浮かぶ」「レタス←葉がキャベツより緑色 OR 黄緑色」となって詰む(体験談)。どちらの「定義」だったか混同する。

イメージとしては「線で結ぶ問題」。入力と出力が一つずつであれば間違えることはない、二つ以上になると誤答する余地が生まれる。

「右手挙げて」と突然言われたとき、右手と左手を間違えることもあるだろう。もちろん、「右手」がどちらであったか分からない訳ではない。同様に「塩と砂糖の間違い」もそう簡単に解決できない問題だ。

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