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『神様になった日』は過去に囚われることを美徳とする物語

レビュー

『神様になった日』を見終わった。喪失感や虚無感でなく、不快感が先行する珍しい作品だった。これが感性によるものであることに間違いない。先の経験で変わりうるかもしれない。取り敢えず現時点で「どのように解釈し何故そう感じたのか」を書き連ねてみることにした。

不快感の根源は主人公の陽太にあったと思う。正しくは「そんな陽太を肯定する物語」だろうか。整合性の破綻が登場人物の印象にまで影響を与えている。

雲行きが怪しくなり始めたのは10話。それまでのギャグは単に好みの域だと割り切れた。ただこの主人公、変わり果てたひなに「会う覚悟はできているか」と聞かれ「できている」と即答するものの全く出来ていなかった。何より叫ぶ、煩い。介護師に注意を受けて一拍後に叫ぶ、煩い。

ここまではまだ「動揺しているから」と呑み込むことも出来た。

そして怒涛の11話。研究助手を装って施設に侵入した陽太は「ひなを連れて帰る」ことしか考えていない。幼子のような現在のひなを無理やり振り向かせようとする、大声を上げる、叱る、指を差す。注意された上で同じことを繰り返す。無能でしかない。ゲームは悪影響が出ると専門知識を持つ介護師に反対されるものの「時間がない」を言い訳に話を聞かない。自分の時間は貴重であるから指図される謂れはないという論理を繰り出す。ゲーム中、ひなに向き合わずテレビ画面を見ている描写もチグハグさを覚える。

後半で「ひなに寄り添う視点」に気づくものの、睡眠中のひなのいる部屋に居残ってゲームのレベル上げをする始末。介護師に注意されても「画面の明るさを落とす」だの「最近のゲーム機は静音」だのと聞く耳を持たない。そこに「ひなの迷惑になるかもしれない」という考えはない。11話ラストで陽太の偽装が判明した時点で詰んでいるように思えた。

最終話でこのヘイトを集める行動にも意図があることを期待した。これが進学校に通う高校3年生として「現実的」だと仮定しても、こいつに障がい児を引き取らせるだけの説得力が何処にあるというのだ。

だが、この物語は先を”考えないこと”を美徳としていた。連れて帰って十分な介護を熟せるのか、大人数に会わせるのはストレスになるのではないか、ロゴス症候群の症状が悪化した際に対応できるのか、いづれも考慮していない。

陽太の先を考えない行動にはリスクが付き纏い、その害を被ることになるのは当人ではなく他者だ。今回の場合は自己判断に欠ける障がい児ときた。

それでも最終話、ひなが陽太を覚えていることが分かっただけで司波は陽太が連れて帰ることを許容する。施設に侵入した不審者である他、環境の整った研究室ではなく一般家庭に難病患者を連れて行こうとする陽太を一転して認めてしまう。

陽太は「今のひなに寄り添った」結果ではなく、「ひなに寄り添う気になった」結果、都合の良い方に向かっている。行動を起こす前に物語に認められている。

先のことを考えない陽太が報われるために、「先のことを考えて見捨てたひなの父親」や「今のひなのことを考えていた司波」の信念が物語によって捻じ曲げられた。

そんな罪深い陽太に「そうか〜だったのか」と全てを代弁されても響きようがなかった。

ここからは「美徳」のオンパレードだ。設定を破綻させてまで陽太の行動を肯定する。

「男性を怖がる」というのは何処へやら、何も考えず家族の元に連れ帰ってもひなは拒絶しない。友人に会わせても拒絶しない。

「ロゴス症候群の筋萎縮症状」は何処へやら、バスケットボールを持ってゴールに入れるまでに回復する。

「意思疎通ができない」云々は何処へやら、日に日に感情豊かになっている描写がある。

最も狂気なのは誰も「今のひな」を見ているように思えないことだ。映画撮影の再開も自己満足の囲い込みのようで不満だったが、物語の最期まで彼らはひなに修道服を着させている。修道服は「神様であった頃のひな」「あの夏のひな」の象徴だ。それを「今のひな」に押し付けて誰も文句を言わない。そのうえ感動げな演出で畳み掛ける。

加えて、明らかに回復傾向にあるひなを助けるために陽太は研究者になると宣言する。まるで「今のひな」が普通ではないとでも言うように感じた。

皆が皆「神様のひな」を見ている。「佐藤ひな」を個として見ていない。そう、この物語は過去に囚われ今/未来に目を向けないことが美徳とされているのだ。

主観的に見て、陽太は1ヶ月弱過ごした居候の児童にガチ恋して幼馴染への恋愛感情を不純と吐き捨てた主人公。そんな彼の思想を障がいや対立軸を出したうえで肯定した物語。この信仰を許容できなかったから不快だったのだ。

もちろん一解釈であり、一感想であることは明記しておこう。

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