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【感想】希望的な快作『アイの歌声を聴かせて』

レビュー

久しぶりの吉浦監督作品。

過去作『イヴの時間』は空気感と劇判、独特なカメラワークが印象的で、『サカサマのパテマ』は設定勝ちで抱き合う少年少女という構図が強く、エスペラント語使ったのも見方が変わるだけで空が怖くなるのも強い。

そして今作『アイの歌声を聴かせて』。当初は予告編は特に惹かれる部分がなかったので期待値低かった。綺麗なだけの青春映画は好みじゃない。

が、観に行ったら想像以上に強かった。

音声アシスタントを始めとしたAIを活用した近未来技術の解像度が高くて楽しい。自然に感じるのも強い。ワクワクする。「堤防沿いで後ろに海と風車」の情景を「一面の太陽光パネルとダリウス風車」に置き換えてるのが印象的。

物語も登場人物のTHE紹介パートを入れないので序盤からテンポがいい。

いきなり歌い出すシオンにクラスメイトが恥ずかしさを覚えたりドン引きしたりして共感を得られるからミュージカル要素があっても物語に入り込みやすい。当のシオンはアンドロイドだから突拍子もないっていう理由付けができてスキがない。音楽が実際にピアノやスピーカーから音が出てるのが新鮮で、現実感と乖離しやすいミュージカル特有の感情を歌に乗せる演出を物語に組み込んでるのが上手い。

三太夫の襲来は演出で『イヴの時間』を連想させたり、図書館の本にはでっかく「イヴ」って書いてあったりと小ネタも楽しい。独特のカメラワークも健在で、バスケットボールを受け取るシーンとかスマホから曲が流れるシーンとか画面が揺れるから迫力がある。

なんだかんだ柔道の乱取りシーンが一番好き。ジャズを入れてくるのも流石だし、シオンの人間っぽくない動作を含めてフェチが詰まっていい。なんかここだけ色気が段違い。

あと太陽光パネルで空を投影するアイデアが上手い。花火はやりすぎ。

まったく本筋に関係ないところだと野見山っていうおじさんがいい感じに腐ってていい。

全体としては明るい青春活劇なのに、母親の荒れ方とか闇深いところが妙に生々しい。暗い部屋で近づいたら無言で物投げてくるの怖い。下手なホラー作品よりホラー。

物語の伏線回収も綺麗で言うことない。ああいうのずるい。友人との感想で出たけど「シオンはトウマからサトミへのラブレター」っていうのが分かりやすい。トウマは序盤でサーバーラックを腹に食らってたのが好き。

西城が分かりやすい悪役だったり、結局お咎めなしだったりするのは好きじゃないけど、魅せたいところは魅せてるし単純に興味ないんだなと思うところ。

『イヴの時間』で倫理観については描いたからと今作は捨て去ってるのも潔い。ハッキングしてるじゃん、セキュリティが機能してないじゃん、AI暴走してるじゃん。シオンの危険性について暗いところを深掘るのではなく、AIの進化に対して希望的に捉えているのがブレなくて好き。それに普及した技術に致命的なバグがあるのは違和感を覚えるけど実験都市なのがツッコミを上手く躱してる。

ディズニー要素としては細田監督作『竜とそばかすの姫』が挙げられるけど、こっちは『美女と野獣』をオマージュしているのに対し、『アイの歌声を聴かせて』は幼いころに憧れたディズニープリンセスという不定形を持ってきたところにアプローチの違いがある。この点『アイうた』の方が綺麗。

同じくAIと歌をテーマにしている作品だとTVアニメ『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』が記憶に新しいが、これも『アイうた』は「AIの危険性」を重視しておらず「歌の力」を推しているわけではないので方向性は違った。

総評としては、青春映画としては好みじゃないけど魅せたい部分にブレがなく物語が綺麗に纏まっている強い作品。19年の『空の青さを知る人よ』と20年の『ジョゼと虎と魚たち』と同枠。

上映規模があまり大きくないので気になったら早く観た方がいい。おすすめ。

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