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『表現の不自由展かんさい』写真レポート

イベント

来たる7月18日、『表現の不自由展かんさい』に行ってきた。けど見たのは展示ではない。(見れれば見たかったが整理券が売り切れていた。)展示の外側で何が起こっていたかだ。

自分にある政治的立場があるわけではなく、端的に言えば野次馬をしに行った。むしろ外側の方が表現の不自由展だろ、と内心では思っていたのもある。

朝早くから起きてフィルムカメラだけを首から下げ、気分はさながら昭和30年代の報道カメラマンのつもりだった。当時のカメラマンが安保闘争をフィルムに収めたのと同じやり方で、自分も令和のこの国の政治的対立の最前線を、どちらの立場でもない存在として、率直に写してみたいと思ったからだ。

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注意書き

本記事は展示会の是非や政治的主張をなるべく廃し、現場で起こったことをできるだけ写真と共にのべ、展示会関係者・支持者・警察・反対者、そして街宣車の5者の動きとその是非を筆者の主観で書いてくことを目指す。とはいえ後半はほとんど街宣車に対する記述が占めることになる。

本記事はあくまで当日起こった現象で誰がどうよかったか、わるかったかを示すだけであり、筆者の政治的立場を示すものではない。

正面から写真の主題となる形で人物を写している写真がいくつか登場するが、全て撮影許可をいただいている。

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朝:道路を挟んだ二項対立・道路という緩衝地帯

朝9時半ごろの展示会会場『エル・おおさか』付近の道路は施設側の歩道:展示会支持者、道路を挟んだ向こう側の歩道:展示会反対者という位置取りだった。道路を挟み、主張の異なる両者が向かい合わせになっている。そして施設側の一車線を警察が陣取っている。この位置関係が基本形だ。基本形、と述べるのは昼になると街宣車が登場し、会場-支持者-警察-道路-反対者という基本形のなかの道路という緩衝地帯が消滅するためである。

エル・大阪側には展示会関係者が会場付近の整理をしており、展示会を支持する人たちがプラカードを持って立っている。

展示会関係者は黄色い腕章をしているので容易にわかる。整理券が売り切れていることを説明して回ったり、歩道にたまる人たちが歩行者の邪魔にならないようにメガホンで「道を開けてください」と支持者に呼びかけたりしていた。

展覧会の支持者らは歩道の中央を開ける形で道側か施設側によってプラカードを掲げている。(ネガの巻き上げに失敗したので朝の写真はない。昼以降の写真を本記事の後半で示すが、朝とほとんど場所や人数等は変わっていない印象を受けた。)

施設側から見た反対派。警察は施設側を背にして反対派の方を見ている。施設側の方を見ている警官もいるが、比率で言えば道路の向こうの反対派を見ている警官の方が多い。

ここで私は道路の反対側に移動した。反対派の方に移動したわけだ。

ちなみにどちらの歩道にも点字ブロックがある。両陣営もこの上に陣取ったり物を置いたりすることはなかった。

向かい側の歩道、反対者からの視点はこんな感じ。マイクとメガホンが用意され、支持者への呼びかけや展示会への否定的な主張が行われる。マイクを握るのはおそらく反対を主宰しているメンバーだろうと考えた。一人当たり10分から15分ぐらいは喋っていたと思う。主張自体はこの時点ではまだ過激ではない。差別用語と呼ばれる言葉はあまり用いられず、どちらかというと国民感情に訴えたり、展示の酷さを主張するものが多く、展示会主催者への誹謗中傷や事実無根の主張は(それほど)みられない。

左側でマイクを握っている男性に(彼がマイクを握る前のことだが)写真撮影を申し出たら、マスクを外して堂々と応じてくれた。個人的には好感が持てた。彼は他でマイクを持って話していた人よりは主張も温厚であり、誹謗中傷や事実無根の決めつけがなく、割と納得できる主張をしていた。

この時点では日があまり上っておらず、施設側には日陰が多かったが、向かい側の歩道には直射日光が当たっており、マイクを持って話す人たちは扇子も仰がずに直立で(呼びかけるためにしばしば動いているので直立不動ではない)いるので素直にすごいなあと思った。

再び施設側歩道より。施設側に向けられるメガホンは3つ。うるさいと言えばうるさいかもしれないが、まだ主観的には不快にはならない程度の音量だった。

一方施設側にはまだ日陰が多く、プラカードを持つ支持者は道路側よりも建物側の影に立つ人たちが多かった。写真の通り、自転車が一方通行で走行可能なほどの空間がある。こちらは静かである。施設側発で聴こえる最も大きな声は展示会関係者の「通行人がいます、歩道を開けてください。」という呼びかけだ。

ふたたび反対者の集う向かいの歩道に来た。こちらの歩道は施設側に比べやや広目である。マイクを持っている人以外はプラカードを持っている。相手側に見せることが目的なのか、プラカードを持つ人たちは道路側に集中している。目立った日陰がないからということもあるかもしれない。

こうしてみると反対者と警察の位置関係および道路が緩衝地帯として存在していることがわかりやすい。警察はマイクを持っている人物にはそれほど注視していない。車道を超えて施設側に侵入してくる可能性がほぼないからだろう。どちらかといえば突発的に侵入してくる反対者を想定しているような体制だ。

この時自分は施設側歩道と向かいの歩道を行き来していた。施設正面玄関前はロープ等で侵入できないようになっており、その前は支持者によるプラカードスポットになっていた。

露光ミスで左側が白飛びしているが、場所は向かい側の歩道である。大きく年季の入った日本国旗をポールごと持っている支持者もいた。大きな側の支柱を腰に当てて支える手法は応援団などで見かけるので、経験者かもしれない。炎天下なのに日向で壁にももたれていない。立派な立ち姿だと感じた。

向かい側歩道から見た警察と支持者。向こうに木陰や建物の影が多いことがわかる。

木陰があってもスピーカーは入らない。一目を置かざるを得ない存在感だ。

ここで自分はフィルムを使い切ったので梅田に戻って現像に出し、またフィルムを購入したのち展示会会場に戻ることになる。

昼:街宣車の衝撃・緩衝地帯の消滅

フィルムの補充が完了し、梅田から徒歩で『エル・おおさか』前に戻る途中、時刻にして12時半ごろ、後方からスピーカーの大音量が響いているのを聞いた。会場とは逆の方向だったので、最初は別の場所で反対集会が開かれているのかと思ったが、それは違った。

街宣車が来たのである。一台や二台ではなく、おそらく7・8台はいたと思う。

これらの街宣車はその屋根に取り付けられた6つや8つのメガホンから軍歌か君が代かあるいは反対演説を、一台が朝のメガホンの音量かそれ以上の轟音で流しながら、それが何台も自分の横を通過し、自分が今から向かおうとする場所に向かって行ったのである。

ほとんどわからないが街宣車が画面奥の会場に到着した瞬間である。街宣車は速度を緩め、施設の前の一方通行の道路を通過した。

しかし街宣車は一度通過するだけではなく、周囲の道路で施設の周囲を一周し、再び会場前に現れた。しかも今度は一方行ではなく、反対車線からも同時に現れた。

街宣車はたちまち警察-反対者間の緩衝地帯を“消滅”させた。通常速度で通過する分には“消滅”とは言えない。ほぼ歩行者と同じかそれ以下のスピードで施設前に二車線の街宣車渋滞引き起こし、その上車体に書かれている団体名は違えどまるで一糸乱れずに「表現の不自由展を粉砕せよ!」と合唱し始めたからだ。

合唱は朝の演説の比ではないぐらいのうるささだった。写真の通り、警察も音量系を車両のメガホンに向け、迷惑条例の定める85dbに抵触するかを探っていた。

警察と街宣車の間で緊張が走る。

道路前を占拠する集会を開くためには事前に警察への届け出が必要である。しかし車両が道路を“渋滞なので低速走行すること”を取り締まることはできない。スピーカーを大音量で流すのも、条例に違反するような音量に達しなければ注意することもできない。街宣車とは、道路の公共性を最大限に悪用した、卑怯な戦略的装置である。

それにしても、いろんな団体名があったが、まるで統一の指示があるかのように同じ台詞や歌を流せるのは何故だろう。極めて空気を読むのが上手いのかもしれない。「粉砕せよ〜」という言葉の言い方はストレッチマンの悪役みたいだったが。

反対派も流石にこれは擁護できんやろ、と思ったら半分ぐらいはそんな空気だった。マイクを持っていた演説者は街宣車が道路を占拠している間は喋ってても届かないので喋っていなかった。

街宣車のいない間を縫って行われる演説。街宣車の圧力で気が大きくなっているのか、朝に比べ差別用語や罵詈雑言の割合が増え、声色も脅迫じみてくる。演説者は今朝とは別人物なのでそこは留意する必要があるが、街宣車の来る前と後では演説自体の意味合いが違うのだろうと感じた。

朝はどちらかといえばなぜ不自由展を開いてはいけないかの理由について語っていたが、街宣車の来た後は、不自由展などはどうでもよく、ただただ支持者自体が日本人じゃないとか日本から出ていけとか人格攻撃とか日本共産党の批判とかになっていた。

つまり朝は展示会についての賛否がその内容だったが故に相手の主張にも頷く点があったが、街宣車の後は自分の意見と違う人たちへの攻撃そのものが演説内容になってしまったので、反対者の立場が下がるばかりだったような気がする。

ちなみに「こっちに来て喋ってみろよ」と道路の向こうの演説者はしばしば言ったが、本当にそう思っているならばマイクを2本用意するべきだろう。

施設側の歩道にて。支持者はとくに演説に言い返すこともなく、静かにプラカードを持っている。

再び街宣車。警察側が「ことさらな低速走行をやめなさい。」という看板を出すことを知っているのか、窓には「ことさら?ちょっと意味がわからないんですけど?」と煽り文句が書かれている。施設前で偶然に発生した渋滞に巻き込まれている体でやっているのだから、煽らない方が賢明だと思うのだが、捕まらないことを熟知しているからできるのだろう。

張り紙は他の車両にも見られる。

街宣車が渋滞を引き起こしている。

ついに車両が停止した。

85dbを超えたのか警察から街宣車に注意が入っていた。

右から読む横書き。戦前の書き方を模倣したものだろうが、フォントが現代なのでシュールだ。土木建築会社のトラックの横書きの方が戦前感がある。

街宣車に対してプラカードを掲げる支持者。カメラマンとして思うのは、こういうわかりやすい絵が撮れてしまうのは反対者にとっては不利なのではということ。巨大な街宣車と大音量の圧力に屈しない不抵抗の支持者という、わかりやすい構図ができてしまっている。

街宣車の通った後で、道路の向こうの反対派が会場に侵入しようとして警察に取り押さえられている現場に遭遇した。あくまで取り押さえられただけで、そのまま何人かの警官の監視のもと向こう側の歩道に戻っていった。彼はもともと向かいの歩道で演説していた人物である。

街宣車が通ったことで二車線の道路という緩衝地帯が消滅したので、その縮まった距離感が危険な行為に及ぶ心理的ハードルを下げているのではないだろうか。街宣車の通り過ぎた後で過激さの増した演説にも同じことが言える。

ちなみに繰り返すが表現の不自由展自体は整理券が売り切れで見れなかった。「鑑賞の不自由展だ」という声もあったが、狭い室内の展示会場を1時間50人に制限すること自体にはコロナ禍の情勢も加味すれば合理的な判断だと思う。

展示会関係者向けに建物の側面で給水所が開かれていた。

再び街宣車が現れる。

警察側が街宣車に関して厳し目にみていた行為は街宣車から誰かが降りようとすることだ。ほとんどの街宣車は大音量で低速走行するだけだが、たまに下車しようとする動きがあるときは特に警察が集中して阻止していた。

街宣車が渋滞を起こしている道は当然公道なので、公共交通機関が通る。バスが数分ほど街宣車の渋滞の後方で迂回もできず待機していて、ようやく通れた時の一枚。「表現の自由は公共の福祉に反しないがぎりだから、昭和天皇を燃やす展示は公共の福祉に反しているので展示してはいけない」と主張している演説者がいたが、その主張を通すためには街宣車には反対しなければならない。

街宣車の渋滞が解消されたわずか数分後には救急車もここを通過した。「目の前に街宣車の渋滞があったら救急車は迂回するだろう」という最もなツッコミはあるが、もし街宣車の渋滞に救急車が巻き込まれていたら人命に関わるだろう。というか街宣車の渋滞を目視した救急車が迂回ルートを取っているうちに患者が亡くなるということも考えられる。

救急車の通過ではっきりと思ったことは、「街宣車で事前許可なく意図的に渋滞を引き起こし事実上公道を一時的に占拠する行為」は、法に触れなくとも、公共交通機関や救急車の運行を妨害するので、憲法の定めるところの「公共の福祉」に反するだろうということだ。なるほど、憲法改正したい気持ちもわかる。

エル・大阪玄関前の支持者。

整理券を持っていない人物が施設に侵入する騒ぎがあった。玄関前の規制線を超えて建物に入っていく警察。

1時ごろが街宣車のピークだったが、その後も断続的に会場前の低速走行を続ける車両もいた。

プラカードを掲げる支持者と規制線、そして会場玄関。

3時半ごろになって天候が悪化しつつあったこともあり、展示の終了を待たずに会場を離れた。

大きな雷の鳴った空。

エル・おおさか看板。

思ったこと

街宣車さえ来なければなあ・・・という気持ちが強い。

人間誰でもそうだが、自分を支持する人が少なく見えるときは謙虚になれるが、自分の支持者がたくさんいてそれが熱狂的であればあるほど謙虚ではいられなくなってしまう。

街宣車自体がタチの悪いところは上記の通りだが、演説者を変質させてしまうのも街宣車の悪影響だと思う。演説者からすれば自分の仲間が大音量で相手を圧迫して距離を詰めて威圧しているのを見れば、気も大きくなるだろうし、そこで謙虚さを保てたとしても、援護してくれた街宣車に報わずにいるのは申し訳ないだろう。結果的に、街宣車が来る前はある程度有意義なことを言っていた演説者も、差別用語や罵詈雑言を止められなくなってしまう。

街宣車は一時的にその場の空気を変化させ、支持者の心を高揚させ、変化させる。しかしその魔法に頼ってばかりいては、自らの主張が広く受け入れられる日は来ない。

最後に街宣車が通り過ぎた後に演説者の放った一言で締めようと思う。

「夜道に気をつけろよ!」

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