久しぶりの読書感想文

日常
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夏休みの課題ではありませんが、従兄弟が書いていたので僕も書いた感想文を若干ネタ切れなので載せておきます。

注: これは感想文を否定する個人的見解を述べた感想文です。また、テレビを見ながら片手間で書いたものなので誤字、表現下手な部分が多くございます。不快に感じた場合、このページから離れる、トイレへ駆け込む等の対応を宜しくお願いします。


[おすすめの読み方]

  1. あまり期待せずに読む。
  2. 読む前に涙を拭くティッシュやハンカチの代わりに怒りを発散するための新聞紙を用意する。
  3. 読みながら反論でも考える。
  4. 読み終わったら、コメント欄を荒らす。(非推奨)

 

以下本文↓


[「どうせ無理」と思っている君へ 本当の自信の増やしかた   著: 植松 努] 

「「自分はこうしてきたから、そのようにするべきだ。」と言いたいんだろう。」という見方をこういうジャンルの本にしてしまうと名著と一般的に言われる作品も色褪せてみえるものだと感じた。
僕は「主張をするなら、道筋を示せ。」と言ってしまう人だ。だって、「全然駄目じゃないか。」と言われても、[ではどうするべきか]を示してもらわないと前に進めないもの。一般に「それくらい自分で考えろ。」と言われるだろうが。(この[一般]は自分の経験によるものである。)この本も自信を持てない人に対して「こうするべきだ。ああするべきだ。」といった主張はするものの、それが出来なくて自信が無い者のことは一切考えていないように感じる。
例えば、著者は「夢はたくさん持つべきだ。だって、叶えられないことはないから。」と主張する。しかし、小学生が書くようなスポーツ選手や医者といった職に現実味がなくなり、[夢]という言葉がとても曖昧なものに思えるようになった人達にとって夢をひとつ持つことも難しいのではないか。また、ひとつの夢を叶えるために努力し、実際に叶えた人にとっては著者の主張は一種の妥協に感じるのではないか。
次に、筆者が言いたいことと全く違う取り方をこの本では出来ると思った。特に第二章の[目標][ほめられプレッシャー][普通]から逃げて出してしまえ、について。なるほど、じゃあ僕は学校の成績が悪いけど他の人と比べなくていいや。他人は他人、自分は自分だから。
前節の考えを持ってしまった子供に対して親はどう思うだろうか。この本を読んだ人は皆、筆者の言いたいことは何となくは分かるだろうが、理解するには朧気で「分かった。」と曖昧な感想以上のものは言いにくいだろう。
現在の日本国は学歴社会である。社会が学生に[普通]であることを求め、学生に向けたレールを整備している。レールから外れるには相当のエネルギーが必要だと思う。そのエネルギーを得るには[夢]が必要になるだろう。その点で「夢をたくさん持て。」「[目標][普通](レール)から逃げろ。」という主張には共感できた。
また、現代社会は自分を演じることが評価に繋がる側面を持っていると思う。上っ面だけでも上司に尊敬の念を示せば、評価されやすいがろうし、テンプレートに添えば本心で無くとも感想文で賞を貰えたりする。(前者はテレビ等の偏見だろうが。)実際の評価がその人の中身を評価しているとは言い難い環境にあるのだ。[評価されたい気持ち]イコール[ほめられプレッシャー]と考えると、著者の「ほめられプレッシャーから逃げろ」という言葉は理解できた。
この本は後半で自分の個性を自信にすること、それを理解してくれる仲間をつくることを推奨している。しかし、クラスや部活でまるで宗教のように団結をテーマにしている場合は例外ではないか。浮いた奴として扱われてしまう可能性があるからだ。そうしてまで自分の個性を出そうとする人は多くないだろう。著者は「[受け流す能力]を身に付けよう」とも主張しているので、[受け流す能力]を[空気を読むこと]と解釈すれば、これもその部類に入るとは思うが、では学生生活のどこで自分の個性を出すことが出来るというのか。無理だというのなら、自信なんて持つことは出来ない。もし、著者が学生生活も例外に含まれるというならたまったものじゃない。この点で著者はこの本で自身の経験談を語っているが、四十年近く前に学生であった著者とは環境も違えば、考え方も違う。このままでは実践出来ないという点が疑問として残った。
実際にある本を読んで世界が変わったという人もいるかもしれない。しかし、本の意図を読み違えてはいけない。本は道しるべの一つを示してくれるだけであって、必ずしも自分に合ったものであるとは限らない。だから本の評価を信用してはいけない。本に甘えてはいけない。ネット検索には情報の取捨選択が必須であるように本についても同じであることがこのジャンルの本を初めて読んで学ぶことが出来た。この本のサブタイトルである[本当の自信の増やしかた]を実現させるには、自分が共感でき、自分の考えを肯定してくれる本に巡り合うことが近道であると感じた。
結局、共感と誉め言葉に溢れた感情豊かな読書感想文のテンプレートを書こうとするより、共感出来なくても、評価し、持論を述べることのほうが価値があるのではないか。


(ディスってる訳ではありません。僕の読解力、表現力不足と性根が腐っていることが原因です。)

投稿者: 88IO

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