読書と映画鑑賞は似て非なるものである

日常

人間の持つ五大感覚、その中で視覚を主に用いるのが観賞。

読書は本を読むこと、これに視聴触味嗅は含まれない。読む行為によって思考することを指していると考える。

その点で読書と鑑賞は近しいと言える。

しかし、映画という媒体は書籍と同じく時間的自由を縛る存在であるが、視覚を要するか否かで異なる。

また、映画鑑賞が要するのは一概に視覚のみであるのに対し、読書は識字能力を要する。受動的であるとき読書はできない。

自分は視力が良くない。この良し悪しの基準が何処にあるか誰が決めたかは知らないがそういうものだ。

これをある基準にまで向上させるために眼鏡という道具を用いる。視力の低下は情報量過多であった結果とも取れる。それでも日常生活を送る上で足りないものとして扱う。

一般にコストの削減は美徳とされるが、これはその道理と相対する。ただこの歪を覗き込むと映画は観られない。

その点で読書はより自由であると言える。

読書をするときは眼鏡を外す。視界から情報を削ぎ落とし余剰リソースを思考に割り当てる。

紙媒体の美徳である。

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