17日に公開した『レミニセンス』。IMAXで観てきたが普通に良い作品だった。
ただ、日本版の宣伝は嫌いだ。本編を観ずに作っているんじゃないか。US版予告だけ観てから映画館に足を運ぶことをお薦めする。音ハメ好き。
本編を観ずに制作した予告詐欺
「大ヒット上映中」「全米が沸いた」といった誇張表現は一種のテンプレで見逃せるが、作品の方向性まで読み間違えたら只の予告詐欺だ。例え軸のブレが少ない良作であっても、期待するベクトルが異なれば満足度は自然と低くなる。映画予告は興味を惹かせるための誇張を交えながらも作品の色を損ねないことが理想となるが、この日本予告はそれを考慮していない。
全体として物語のミスリードが甚だしい。物語を理解せずに和訳しているせいで受け手が何を想像するかの配慮に欠けている。
「記憶潜入エージェント」
ヒュー・ジャックマン演じるニック・バニスターは他人の記憶の中に入るスパイであると受け取るのは間違いだ。
『レミニセンス』を象徴するフレーズがある。
You’re going on a journey. A journey through memory. All you have to do is follow my voice.
(和訳:あなたは潜入する 記憶の中へ 僕が連れていく)
参照:US版予告 https://www.youtube.com/watch?v=ib4v_j8LzIc
読めば分かるが、潜入するのはバニスターではなく記憶を持った当人だ。それを日本予告では以下のように意訳している。
You’re going on a journey. All you have to do is follow my voice.
(和訳:いまから お前たちに 記憶潜入する)
参照:日本版予告 https://www.youtube.com/watch?v=cyl5T-8Y0KU
主語が誤っている。彼の役割は「記憶の導き手」と訳した方が妥当。
また、バニスターは「エージェント」という言葉から連想するような存在ですらない。記憶を可視化したり再体験する技術が開発された世界で、幸せだった記憶に浸りたい人物や忘れ物を探したい人物に装置を提供する店のオーナーが彼だ。警察から容疑者の記憶から犯行を立証するために捜査協力を依頼される立場にあるだけで捜査員でもない。
これらを日本予告では徹底的に隠している、いや騙している。詳しくは次の節に書くが、C・ノーランの『インセプション』『テネット』に乗っかろうとしている卑しさが原因だと推測している。
「鍵を握る失踪した女性」
水に支配された都市に今、崩壊の危機が迫る。鍵を握るのは失踪した一人の女性。
参照:日本版予告 https://www.youtube.com/watch?v=cyl5T-8Y0KU
因果関係が反転している。
「事件にある女性が関わっている」ではなく、「女性にある事件が関わっている」のだ。
バニスターは店に訪れた女性メイに惚れて関係を持つ。暫く幸せな時を過ごしたが、突如メイは失踪してしまう。バニスターは「彼女がどうして出ていったのか」「何処にいったのか」を突き止めようとするといった流れだ。別件で警察に依頼されて覗いた容疑者の記憶に偶然メイが居たというだけで、メイが鍵を握っている訳ではない。
「崩壊の危機が迫る」に関しては誇大広告だ。主語に主人公を据えているならまだしも、これでは只の嘘だ。強いて言うなら既に崩壊した後の世界だ。しょっぴかれてしまえ。
謎のJ・ノーラン推し
日本の『レミニセンス』公式サイトを見るとスタッフにジョナサン・ノーランがいる。妻が監督をしているからだと思ったが紹介文にはそう書かれていない。
『TENET テネット』(20)の監督を務めた兄のクリストファー・ノーランとともに『メメント』(00)の脚本を執筆し、米アカデミー賞にノミネートされた。
参照:https://wwws.warnerbros.co.jp/reminiscence-movie/caststaff.html
昨年のヒット作『TENET』を持ち出しているが、J・ノーランは関係していない。
- 『TENET』、凄い
- それに関わりのあるJ・ノーラン、凄い
- その人が関わっている『レミニセンス』、凄そう
と、論外な連想ゲームを仕向けようとして回りくどい書き方になっている。
そのうえで「製作」なのだ。監督&脚本はリサ・ジョイが行っている。「脚本」もリサ・ジョイ名義なのだ。
以上を踏まえて次のページを見ると意味が分からない。J・ノーランが関わっている作品ならまだしも、他作品を同様に持ち出すことで誤った認識を植え付けようとしているのが見て取れる。
また、先程の日本予告でも不親切な点がある。映画の紹介において監督&脚本をアピール材料にすることが多々ある。その流れで脚本ではなく「製作」の一人であるJ・ノーランを、彼が「脚本」で携わった『インターステラー』と共に立てたのだ。リサ・ジョイのカットで監督&脚本と載せていないことから確信犯だろう。
これらから兄であるC・ノーランのネームバリューを利用しようとする魂胆が伺える。予告で『潜入』『エージェント』などの用語を使い、本筋を隠して主軸とは異なる気色に仕上げたのも、C・ノーランの『インセプション』を連想させたかったのだろう。
重要性の低い追憶のルールを大題と載せているのも同様。そもそもルール2,3は「~する可能性があるから、してはいけないこと」であって理ではない。ルール3は存在しない記憶にアクセスすると未定義のエラーが起こるというもので「植え付け」は出来ない。
ルール1 潜入できる記憶は、対象者が五感で体験した世界すべて。
ルール2 同じ記憶に何度も潜ると、対象者は記憶に呑み込まれ、現実に戻れなくなる。
ルール3 記憶から、事実と異なるものを植え付けると、対象者は脳に異常をきたす。
参照:https://wwws.warnerbros.co.jp/reminiscence-movie/introduction.html
先程も書いたが、誇張は許されどベクトルを誤ったら良作も期待外れになり得る。「思ってたのと違った」「インセプションっぽくない」「ノーラン作品と期待したのに」といった声が挙がったら広報のせいだ。
#レミる #レミってきた
『テネット TENET』の時も#テネるとかいった寒いだけの糞広告を打ち出したワーナーブラザーズ ジャパン(@warnerjp)だが、『レミニセンス』でもやりやがった。『TENET』を絡めて印象を固定化させようとするのも気に食わない。
それだけでは収まらなかった成れの果てが此れ。頼むから観てから作れ。
糞和訳「記憶潜入」
『レミニセンス』の日本版キャッチコピーを見てみる。
これから、アナタの記憶に、潜入する。
参照:https://wwws.warnerbros.co.jp/reminiscence-movie/index.html
先程に述べた記憶を体験する対象者のミスリードと他人の記憶に入り込む印象操作を見事に包括している。
ちなみにUS版キャッチコピーは以下の通り。「過去は中毒性がある、過去に縋るな」「つらい真相(過去)に辿り着くな」と言っているのだ。
DON’T LOOK BACK
参照:https://www.reminiscencemovie.net/
タイトルの直訳は、
”Reminiscence” … 追憶、回想、思い出
それを日本版では、
<レミニセンス> = <記憶潜入>
と訳している。
極端な意訳は変数として解釈し置換することで翻訳する。だから”Reminiscence”を「追憶」と訳せずに観賞すると、物語が結末を迎えてタイトルが映し出された時のインパクトが薄れてしまう。最後に<記憶潜入>と出るだけ、只のタイトルになってしまう。
終始この和訳に違和感しかない。プロモーションやキャンペーンで多用するだけ未観賞者をミスリードさせる。スパイ物っぽい単語プールのせいで代替する言葉を思いつけないのが口惜しい。
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