近年、フィルム写真はデジタル写真には無いその特徴的な色合いや写り、そして撮り直しや確認のできない撮影体験から、インスタグラムを中心に『エモい』『ノスタルジーを感じる』など、若者を中心に盛り上がりを見せています。その一方、写真用フィルムは値上がりの一途を辿っています。先日最大手のコダックがフィルム製品の値上げを発表しました。また富士フィルムも写真用フィルムのラインナップを縮小するなど、先行きの不透明な状況が続いているといえるでしょう。
そんな中、フィルム製造プロジェクトと銘打たれたツイートが話題となりました。『フィルム写真を存続させるため』にツイート主のharu wangnus氏がフィルムを製造し販売するとのこと。
【フィルム製造プロジェクト】
“STRIX Vision 800T & 400D”
フィルム写真を存続させる為に昨秋から動き出し、ついに完成です。
魂こめてつくりあげました。
お待たせしました!DXコードも一応付いてます。
近々予約開始です。 pic.twitter.com/bVQGNvYNJi
— haru wagnus (@HaRu_Nus) January 16, 2023
今回はそんなharu wagnus氏の『フィルム製造プロジェクト』とはどういったものなのか、そして賛否両論を巻き起こしたこのプロジェクトの問題点とは何なのか。整理して解説していこうと思います。
『フィルム製造プロジェクト』とは?
名前だけを見れば、フィルムを生産する工場を持ち、フィルムを一から製造するというプロジェクトのように見えますが、そうではありません。haru wagnus氏のツイートを引用し、彼の指す、『フィルム製造』とは何なのかを見ていきましょう。
このフィルムの中身はKODAK社の高性能な映画用VISION3フィルムを流用して使われていいますが、C-41プロセス現像が可能です。通常、VISION3のフィルムの側面にハレーションと傷防止等のバックコート(レムジェット)が付着しており、ECN-2という特殊現象プロセスで現像する必要があります。続く
— haru wagnus (@HaRu_Nus) January 17, 2023
バックコートが取り除かれているため、明るい露出部にハレーションが起こりやすく、ハイライトが赤く滲むことがあるのが特徴です。また巻き上げ時に静電気の影響を受けやすく(特に乾燥時期の冬場)、赤い点や線が入る場合があります。そのためゆっくりと巻き上げることをお勧めします。
— haru wagnus (@HaRu_Nus) January 17, 2023
「フィルム製造」についての補足として、新しいフィルム自体の製造は当然工場でも買い取り、人員などを確保するとなると数十億円の投資などが必要になるから流石に無理です。その為の苦肉の策として、また2年先までフィルム写真を続けられるように、この製造方法を用いていることをご理解ください。
— haru wagnus (@HaRu_Nus) January 17, 2023
ツイートを要約すると、彼がフィルム製造と呼んでいるものの実態は、
- フィルム自体はKodak Vision3という映画用フィルムの巻き直しである。
- 本来は映画用フィルムを写真用フィルム用の現像機で現像することはできないため、それが可能なように処理が施されている。
ということです。つまり、既に製品として売られている映画用フィルムを写真用の現像機で現像できるように処理し、写真フィルムのパトローネに詰めるというのを『フィルム製造』と呼んでいる、とのことです。
ツイッター上ではかなり批判的な意見も見られました。
こういうKodakvisionの詰め替え系フィルムってパトローネのデザインだけ変えて中身一緒なんじゃないか?と思うんだけどどうなんだろうな。
古いフィルムユーザーはその辺勘繰ってあんまりこういうの使わないイメージだけど、写真文化的には出どころがどうであれ現像機動かせる方がいいんだろうし。 https://t.co/iKhZKvfrO0— ©︎©︎®︎ (@kl_hy_sc) January 16, 2023
『フィルム製造プロジェクト』の問題点
haru wagnus氏のツイートを巡っては、ツイッターで多くの意見が散見されました。その中で何が問題となったのか整理していきたいと思います。
論点は以下の3つです。
映画用フィルムの巻き直しを『フィルム製造』と銘打って販売するのはどうなのか
先ほども触れましたが、フィルム自体の製造ではなくパッケージングと販売しかしていないのに『フィルム製造』と名乗っているのはどうなのかという意見が多いようです。
ちらっと聞きましたが、要するにコダックの映画用フィルムを流用して、ご自身のブランドに見せるために、4sbirdsのエンブレムを付けて販売するということですね。理解しました。
— レペゼンインスタ (@ZoSRV4YV0MVJ8RE) January 17, 2023
誰も興味ないだろうがいちおう補足すると、別に他所で作られたフィルムを自社ブランドで売ることにウダウダ言ってるわけではなくて(俺自身ロモグラフィーのフィルムなんかも時々使うし)、その行為をフィルム“製造”というのはちょっと違くない?ってこと https://t.co/5DaP2K1meD
— どっか行ったニィクラ (@utsunomiya_aho) January 18, 2023
今夜22時にスペースで詳細が語られることを基本的には待つが、回答して欲しいのさどうしてこのプロジェクトが“フィルムの存続“に繋がるのかという点です。
細々した点でいえば、これはフィルムを製造しておらず、いわば改造品海賊版のようなものであり、KODAKの許可なしに転売行為をして大丈夫なのか等 https://t.co/rJQJVrLXw1— 正刀 (@masatouhikichi) January 17, 2023
例のフィルム、映画用フィルムの巻き直しだったみたい。
1から作った新商品に思えるような紹介の仕方は好きじゃないなー、本当にフィルム文化を残したいとはちょっと思えない。— 大福@Everyday, everyday life (@daifukumasashi1) January 18, 2023
また、ツイート内の動画で、段ボールに中国語が書かれていたことから、処理や発注を中国の業者に委託し、ブランディングと販売しかしていないのではという疑惑も持たれています。
これはどう見ても中国製のバックコート抜きの映画フィルムと同じものじゃないですか…しかもこのダンボールも中国の宅配業者のものじゃない?これ新しいフィルムではないでしょうか? pic.twitter.com/cdBRA2iAMp
— 42 (@42_koharu) January 17, 2023
また近年はこの方法に類するフィルムのブランドが乱立しており、わざわざ新しいブランドとして立ち上げるには新規性が薄いという指摘もあります。
vision3を切り出したフィルムはCineStill、Marixをはじめすでに色々あるので、銀塩ユーザーは一番安いところを選んで使えばよいわけだ。 https://t.co/J9E0J7wYNY
— 萩原穂高 (@sekor8028) January 17, 2023
映画用フィルムを写真フィルムの現像所で現像するとトラブルが発生するのではないか
本プロジェクトはharu wagnus氏が認めているように映画用フィルムを加工して写真用フィルムとして販売するということなのですが、そもそもこのやり方自体にも問題点があるようです。それは現像処理周りです。
まず映画用と写真用では現像処理が異なります。映画用はECN-2という規格で現像するのに対し、写真用ではC-41という規格で現像が行われます。
この2つの規格の大まかな違いを挙げると、レムジェットを溶かす処理の有無と、色再現の違いとなります。
映画用フィルムでは高速巻き上げ時に円滑にフィルムが進むようにレムジェットというカーボンの層があります。一方写真用フィルムにはレムジェットはありません。映画用フィルムの現像規格であるECN-2ではまず最初にカーボン層を除去する過程が入るのですが、写真用フィルムの現像規格であるC-41ではこれがなく、レムジェットが現像過程で現像機内に残留して故障の原因になります。
走行補助にレムジェット層のある映画用フィルム、ECN2現像プロセスの2番「レムジェット除去」が必要なのだが通常の自動現像機には無い。なので現像プロセスのそこかしこにある「30℃以上のアルカリ性液体」で溶解し始め、広範囲にカーボン汚染するのだよな… pic.twitter.com/H5Z91DsQ4N
— 無尽探査機 (@muzintansaki) August 15, 2022
実際に映画用フィルムをそのまま現像に出してしまうと、このようにレムジェットが残った状態になり、剥がれたレムジェットが現像機を壊してしまうのです。
弟がお店に眼蔵に出したフィルムがこれで帰ってきたそうです。タイで買ったもので、通常の現像方法と異なると伝えたようなのですが、何か考えられる原因はありますか?黒い粉のようで、濡らして拭くと取れます。拭いた後のフィルムは見た感じスキャンできそうです。 pic.twitter.com/p5HhBdauYf
— 鍵なし新古今和歌集 (@chanyu202139) September 21, 2022
このことを懸念するツイートも多く散見されました。
決して使うことはありませんが、どんな写りになるのかは気になりますね。どこで現像してくれるのかわかりませんが。 https://t.co/yfklRU1drj
— 小嶋 研太 (@kfgsd552) January 17, 2023
素性が分からないけどまともに現像受けつけてもらえるのかなこれ。そっちのほうが気になる。 https://t.co/aBd04GjAEu
— えすもと / 道外禁止 (@smoto777) January 16, 2023
現状ではチェーン店のミニラボや基幹ラボでは処理不可でしょう。ベースが映画用フィルムで、プラ製パトローネですし、パトローネとフィルムの繋ぎ方も現状では不明なのでネガ現像機のカッターを壊す恐れもある。
— RB9_ZZT231 (@RB9_ZZT231) January 18, 2023
Vision3みたいにシネフィルムの巻き直しは大昔からあって、自分がバイトしていたミニラボでは現像不可にしていた。仕様とか変わってないなら今の状況でも怖くて使えない。フィルム文化の維持の側面からしてもおかしい。
— hide (@cutie_style) January 17, 2023
これらの指摘に対し、haru wagnus氏は「今のところはエビスカメラさんのみ現像受け付けしている。現像受け付けを検討している現像所にはテスト用フィルムを原価で提供する」という旨のツイートをしています。
現像場所の件ですが、今のところ新しく作ったばかりのものなので、製造前から全面協力いただいたエビスカメラさんのみとなっていますが、少しずつ増えるよう働きかけをしていきます。テストご希望のラボさんにはテスト用のフィルムを原価提供をすることも検討中です。
— haru wagnus (@HaRu_Nus) January 17, 2023
一方、現像処理そのものは問題なくとも、本来想定されている現像方法とは異なる現像処理を施すことになるため、色再現性などに疑問を持つ声も上がっています。
あと何回も言ってるけどECN-2とC-41の違いってレムジェット以外にも発色薬が違うからレムジェット剥がしただけじゃ単にC-41で像が出せるようになるだけで本来設計された色にならないってもう5000兆回くらい言い続けてる
— けーにっひ (@kenichiA320) January 17, 2023
映画用フィルムが高性能なのは映画用途だからですよ。規格を逸脱した処方の時点で写真用としてはまずおもしろ効果フィルムにしかなれない
— けーにっひ (@kenichiA320) January 17, 2023
映画用フィルムを写真用として販売してそれが普及すれば、むしろ写真用フィルムの需要がないとみなされ生産がされなくなってしまうのではないか
今回の最も重要な論点がこれです。フィルム写真の存続を謳っておきながら、実際にはこのプロジェクトによってフィルム写真の寿命が短くなってしまうのではないかという指摘です。
Kodakでは写真用フィルムも映画用フィルムも同じ生産ラインで作られています。
同じ生産ラインで作られてるんですよ。Vision3もEktarもPortraもE100も。
— けーにっひ (@kenichiA320) January 17, 2023
つまり、あるフィルムに需要が集中してしまえば、他のフィルムの生産が減らされるということでもあります。映画用フィルムを写真用に加工するフィルムが多く売られれば、それだけ写真用フィルムの需要が減り、生産ラインを閉じざるを得なくなってくるかもしれないのです。
Kodakがシネ用、Kodak Alarisがスチル用を捌いてるのでVision3の巻き直しフィルム作っても本社からはシネフィルムの売れいきが良いように見えるだけでAlarisの方の売上が悪くなるからVision3の巻き直しが増えるのって結局はフィルム写真にダメージ与えるだけですよ。
— けーにっひ (@kenichiA320) January 17, 2023
危ない危なくないかは正直もうそこまで心配してないというかたぶん大丈夫なんだろうけど、明らかにVision3の巻き直しなのを”新しいフィルム”って謳ってるのと、それでフィルム業界が元気になるって思ってるのがどうなのかっていうのが自分の気になるところです。
— けーにっひ (@kenichiA320) January 17, 2023
これに対し、haru wagnus氏は「あくまで欲しい人向けであり、お金に余裕のある人はKodakやFUJIFILMの写真用フィルムを買って欲しい」とコメントしています。
もしお金に余裕があって、高額になってもKODAKやFUJIFILMのフィルムを買える人は絶対そっちを買ってほしい。僕も買います。双方のフィルムのファンですし、作家として必須です。僕の願いは、今回のフィルムはきっかけ作りで、大手のフィルムを買って1年でもフィルム写真が存続できる機会作りです。
— haru wagnus (@HaRu_Nus) January 17, 2023
あくまでお金のない人向けに導入となるような安価なフィルムとして販売するということのようです。価格はまだ未定ですが、現状富士フィルムのカラーフィルムは36枚巻きで1300円前後から販売されているので、それよりは安価になるのでしょうか。いずれにせよ、フィルム写真をどう存続させていくかで、haru wagnus氏とフィルムユーザーの溝は深そうです。
まとめ
フィルムの敷居が下がって、需要が上がれば写真用フィルムの供給が増え、値段が下がると考えているharu wagnus氏と、映画用フィルムの需要が増えて写真用フィルムの生産が圧迫されてしまうと考えるフィルムユーザーたち。フィルム文化の存続を願うからこそ、彼らは熱心に発言をしているのだと考えます。
だからこそ、安易にこれらの問題点に目をつぶり、ただただ「フィルム製造」ってすごい!応援します!といった態度は取りたくないものです。
まじか!!!!胸熱!! https://t.co/U7RX8GSuBH
— 別所隆弘 Takahiro Bessho (@TakahiroBessho) January 16, 2023
フィルムが入手可能になり次第、手持ちのライカで試してみたいと思います。
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